東京高等裁判所 昭和57年(ネ)2823号 判決
控訴人 田中義男
右訴訟代理人弁護士 白谷大吉
被控訴人 高橋保輔
右訴訟代理人弁護士 田中英雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。
控訴費用及び右拡張請求に係る訴訟費用は、控訴人の負担とする。
事実
(求める裁判)
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
2 被控訴人は控訴人に対し金二九〇万円及びこれに対する昭和五八年一月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被控訴人
控訴棄却の判決。
(当事者の主張)
一 請求の原因
1 訴外田中喜代七は、被控訴人に対し、昭和二六年七月三一日、その所有に係る原判決添付物件目録記載の土地(以下、「本件土地」という。)を、期間三〇年、賃料一か月二、七一三円で貸渡したが、昭和五一年一〇月七日死亡し、控訴人が本件土地の所有権を相続して、賃貸人たる地位を承継した。
2 本件土地の賃貸借契約の期限は昭和五六年七月三〇日であるところ、土地賃貸借契約が終了し、契約を更新する際に、賃貸人が適正な更新料を請求できることは事実たる慣習ないし慣習法であり、本件土地の契約更新料の適正額は二九〇万円(坪当たり四万円)である。
3 よって、控訴人は、被控訴人に対し、二九〇万円とこれに対する本件控訴状が被控訴人に送達された日の翌日である昭和五八年一月二八日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、本件土地の賃貸借契約の期限が昭和五六年七月三〇日であることは認めるが、その余は否認する。
(証拠)《省略》
理由
一 請求の原因1の事実及び本件土地の賃貸借契約の期限が昭和五六年七月三〇日であることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、借地契約が更新される場合には、当然に借地人が更新料を支払うべき事実たる慣習ないし慣習法(以下、「慣習」という。)が存在するかどうかについて判断する。
東京都内及びその週辺部において、借地契約更新の際、当事者の合意に基づき借地人から地主にいわゆる更新料を支払う事例が多数あることは、当裁判所に顕著な事実である。しかしながら、右更新料の支払いがないままに更新される場合も少なくないことは、これまた当裁判所に顕著な事実である。そして、更新料が支払われる場合であっても、その授受の趣旨は、契約の更新を円滑にするための代償、あるいは賃料の補充を目的とするなど区々多様であって、右更新料の性格を一義的に捉えることは困難である。要するに、更新料は、当該借地契約の内容、性格及び当事者の支払能力、意識、力関係などの事情如何によって、支払いの有無とその金額が定っているうえ、これが支払われる場合であっても、その趣旨、性格は一様でないのが実情である。したがって、借地契約更新時には、当然に更新料を支払うべき慣習が存在するということはできない。
ところで、《証拠省略》によれば、本件土地周辺である豊島区高松町、同区要町、同区千川町及び板橋区南町、同区幸町、同区中丸町について調査した不動産鑑定士飯田武爾は、更新料を支払った事例二〇件を紹介して、この地域では更新料を支払う慣習があると判断していることが認められる。しかし、右二〇例が前記地域の借地事例のうちの何パーセントを占めるのか不明であるばかりでなく、前示の更新料支払いの実情からすると、右証拠は更新料を支払うべき慣習を認めるには足りないものであり、他に右慣習を認めるに足りる証拠はない。
三 そうであるとすれば、控訴人の更新料の支払いを求める請求はその余を判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。また、控訴人が当審において新たに請求を拡張した更新料二九〇万円に対する本件控訴状送達の日の翌日から完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める付帯請求部分も理由のないことが明らかであるから、これを棄却すべきである。
四 よって、本件控訴及び当審で拡張した付帯請求を棄却することとし、控訴費用及び右付帯請求に係る訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡垣學 裁判官 大塚一郎 川﨑和夫)